2007年9月28日金曜日

麻生太郎衆院議員の陰徳

平成19年9月23日のこと
  9/12に安倍総理が辞任表明、自民党後継総裁選びが始まった。自民党福岡県連(会長新宮県議)は、「県連票3票を福岡県の麻生太郎に投じる」ことを表明した。ところが同じく福岡県選出衆院議員の古賀誠、山崎拓ら6議員が福田康夫を支持し、県連決定に異議を唱えたため県連内に混乱が起きた。私は、「福岡県から総裁を」と動いた県連の麻生支持表明は間違っていなかったと思う。投票の結果、麻生は破れたが予想以上の善戦をした。
  私は、麻生議員と直接言葉を交わしたことはないし、議員が私のことなど知る由もなく、麻生指示云々を論ずる者でもないが、ただ、22年前の8月26日、私の亡養母が麻生飯塚病院で手術後、死亡したとき、飯塚市吉原町の私の実家で行ったお通夜に麻生議員夫妻が来られた。私の育ての親永露政夫とのつながりでとは思うが、お通夜に来てもらったということに対する感謝の気持ちは今も持ち続けている。見えないところで感謝している人がいるということは、麻生議員の陰徳であると思う。
  麻生議員が、総裁選に敗れても「負けた気がしない」と言ったのは、予想以上の得票を得ていたからである。これも麻生議員が積んだ陰徳のお陰だと思う。

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