2008年3月22日土曜日

絵本「こころのビタミンHeartot(はーとっと)1」で心の休息

  一息ついたときなどに、何気なくあけて見ているポケットサイズの絵本がある。表題の絵本である。この絵本には、掲載画像にあるような著者のオリジナル・キャラクターの可愛い動物や昆虫が24コマ描かれている。
  どのページを開いても、動物や昆虫たちが皆笑っている。そして「笑顔が見たいから、どう」「笑えば幸せがやってくる、ニッ」「笑顔はおまじない、笑顔はまほう」などといったほほえましいメッセージ・コメントが載せられている。
  こんなメッセージもある…「勇気はきみのなかに、たくさんあるよ」 「トゲがきらいなはりねずみちゃん…ある日お星さまが言いました。自分を輝かせるには自分を好きになる。そっか。だからお星さまはキラキラ輝いているんだね。」
  笑顔と前向きのメッセージ、見ているとほのかな元気も湧いてきそうです。
  著者のmacoさんは宗像在住の一児の母だという。こういうやさしい前向きの姿の絵を描くお母さんに育てられるお子さまは、きっと可愛い笑顔をしておられることだろう。
  私は、この絵本を、イラスト・マップを製作・発行しているGA企画(博多駅前)の松本哲郎社長からいただいたが、著者は同社のイラストレーターでもあるという。キャラクターを見た松本社長の勧めで、この絵本が同社から出版(600円)されたというが、よい社長さんに巡りあわれたと思う。
  平成18年7月29日初版発行当時、博多区の紀伊国屋書店でベストセラーにもなったという。紙質が厚くて開きにくい難点はあるが、折りに触れて開きたい大人も子供楽しめる絵本だと思う。

2008年3月20日木曜日

春彼岸、抹香をくべよう

  昨夜から吹き荒れていた風雨は、明け方に雨があがり、風も徐々に治まって行った。春の彼岸のさなかの嵐だったが、暑さ寒さも彼岸までというので、これを機に暖かくなるのではないかと思っている。そして、今日は、春の彼岸の中日、供養会を行った。3年前(2005年)の供養会のときは、春の嵐ならぬ福岡西方沖地震で家が大きく揺れた。
  この時期には気象の変動が多く体調を壊す人も多いが、霊的にみると、彼岸(霊界)から此岸(現世)に帰ってきた霊があふれ、先祖供養の行き届いていない家では体調を壊す人が出ることもある。
  例年、私は、供養会の後に墓参に出かけるが、今年は、どういうわけか彼岸入り前日に墓参をしていたので出かけなかった。ご先祖が、今年の中日には強風が吹くのが分かっており、強風の吹くさなかに行くのを避けられたのかもしれない。
  春彼岸の中日は、例年3月21日になることが多いが、今年は3月20日である。例年より1日早いと思っていたが、考えてみると今年は閏年だった。春と秋の彼岸の時期は、此岸と彼岸がもっとも近づくときで、彼岸から多くのご先祖が戻ってくるので先祖供養や墓参をしようという習慣がある。
  この各中日は国民の祝日になっているが、同じように先祖供養や墓参を行う8月13~15日の盂蘭盆会は祝日にはなっていない。日本国憲法には宗教信仰の自由がうたわれており、彼岸や盂蘭盆と言うと仏教行事になってしまうので、その名では祝日とはできないのだろう。だから、彼岸の中日は、昼夜の時間が同じ長さとなる春分、秋分の日として国民の祝日としたのだろうが、そのことをなぜ国民が祝うのかというと今ひとつピンとこない。盂蘭盆は、社会の慣習として休みとしている企業等も多いが、仏教徒ではない人も休む。
  話が横道に触れたが、彼岸には香りの良い抹香をくべることを勧めている。炭がないときは、線香3本を重ねて三つ折にして、短い9本の線香にして、それを束ねて火をつけ、香炉に寝かせ、その上に抹香を被せてくべるとよい。9本の9を苦しみだと考え、その苦しみを抹香で焼き尽くし、香の香りをご先祖に、霊界に届ける供養をすると思えばよいのではないだろうか。その上で勤行、あるいは念仏、お題目などを称えてもよい。先祖供養は、自分の気持ちでするもの。合掌。

「幻十郎必殺剣(金曜時代劇)」で戸田菜穂が好演

  HDDに録画していた金曜時代劇「幻十郎必殺剣(3月1日放映分)」を開いたら最終回だった。勧善懲悪型の時代劇で流れが分かりやすく、主役の北大路欣也の剣さばきも堂に入っていた。最近人気のソフトバンク携帯電話コマーシャルの白い犬の声の主とは想像しがたい。
  1/18の第1回から8回までレギュラーで出演していた女優は戸田菜穂1人。夫を殺害した幻十郎にひかれて行く元武士の妻志乃の女心をみごとに演じきった。
  気持ちを抑えて幻十郎と酒を酌み交わすときや自分の気持ちを打ち明けようとして幻十郎にさえぎられ黙らざるを得なくなるときの表情、あるいは無言の表情で語りかける演技など、じっくりと見させてもらった。
  幻十郎の毎回変わらぬ黒装束に対して、毎回変わる志乃の淡い色の着物、このコントラストも良かった。最初は女郎姿の赤服だったが、身請けされて以後は、水色系の色合いのものが多かった。過去を水に流すという設定であったのかもしれない。また、第6回「消えた逃亡者」のなかで見せた着物姿で懐剣を振りかざす立ち振る舞いの敏捷さには目を見張った。
  彼女の着物姿は、昨年11月に観た「花いくさ~京都祇園伝説の芸妓岩崎峰子」以来であった。「花いくさ」では、憎まれ役の姉を演じたが、今回は女郎から元武士の妻に戻る難しい役。大口をたたかず気品を損なわず、セリフを語るときの表情、しぐさも適役だった。そのセリフのなかには記憶に残るものもあった。
  「根はしつこい女です、だから覚悟してください、幻の旦那」
  「あなたは、恋しい巳吉さんの仇を討った、でも私は夫の仇を討つ気にはなれない」
  「隠しごとは身重の体にはよくありませんよ、思い切って正直に話してくださいな、すっきりしてきっと気が楽になりますから」(志乃は自分の気持ちとは裏腹のことを人に言っている)
  「私思うの、男には二人で生きる明日を捨ててでも、昨日を生きなければならないことがあるかも知れないって、それでも私たち女は信じて待つしかないのよ、心底いとおしいと思える人に出逢ったなら」
  「妙な行きがかりあるんですよ、あの旦那とは、本当なら憎しみあって傷つけあっていた人の筈なのに」
  「一生に1人、魂と魂で固く結ばれて、これから二人は未来永劫ずっと一緒にいられる、誰の邪魔もされずに…何だか羨ましい気が…」。
  私は、「ショム2」放映以来の戸田菜穂ファン。次は、4月16日スタートする「ホカベン」にも出演する。彼女の出ているTV番組は欠かさず見ているので、妻に「あんたはこんな顔の人が好きなの、私とは大分違うよ」と言われ、言い訳をしなければならないほど。  

2008年3月16日日曜日

「徳川家康と三人の女」・若村麻由美の若さなど

  KBC(3/15)TVで「徳川家康と三人の女」を観た。
  このドラマで家康(松平健)とかかわった三人の女とは、①築山御前(高島礼子)と②朝日(若村麻由美・右画像公式サイトから転写)、③淀君(星野真理)であった。
  この三人について少し触れると、第一正室であった築山御前は、今川義元の姪で、それが災いして織田信長(中村敦夫)の命により浜名湖畔で自害した。
  第二正室の朝日は、豊臣秀吉(片岡鶴太郎)の妹で、秀吉による家康懐柔策の道具として人質同然に家康に嫁がされ、後に京都聚楽第で病死した。
  そして淀君は、関が原の戦、大坂冬の陣、夏の陣と三度、家康に戦いを挑み、敗れて大坂城で自害した。いずれも戦国の時代と徳川家に翻弄され不幸な最期をたどった女たちであった。
  ドラマの筋はともかくとして、若村麻由美(41歳)ファンとして、このドラマを見逃すわけには行かなかっただけのこと。彼女は、離婚後も年齢に見えぬ若い役をこなし続け、その演技にはいつも惚れ惚れしている。この女優の出ているドラマを見るたびに故養母のことを思い出すが、朝日役の顔立ち容姿を見ていても、やはり40歳代のときの故養母に似ていると思った。
  彼女は、NHK大河ドラマ「篤姫」で、皇女和宮の母役での出演も決まっており楽しみにしている。蛇足だが、私は、若村麻由美、戸田菜穂、南果歩ら三人の女優が出演するTVは、HDDに録画してでも見逃さないようにしていることが多い。
  また、このドラマでは、家康が進軍するときに立ち並ぶ「厭離穢土欣求浄土」の大将旗の波がやたら目に付いた。
  この「厭離穢土欣求浄土」については、たまたま掲載した「ちりとてちんで地獄に咲くたんぽぽ(3月9日ブログ)」にのなかに若干触れていたが、この言葉は、平安時代に源信(恵心僧都)が著した「往生要集」のなかに出てくる、阿弥陀浄土(極楽)の世界を願う浄土教の教えを現している。
  家康は、この世(穢土)に平和な浄土の世界を造るためには、その障害となるものは取り除かざるを得ないと考え、その世界を造るために阿弥陀仏の加護を願ってこの旗を大将旗として掲げたのかもしれない。それを物語るように、「元和偃武」といわれる元和元年の大坂夏の陣を最後に戦乱が止み、その後、明治維新の動乱を迎えるまで、徳川300年の太平な時代の到来の礎をつくった。

2008年3月15日土曜日

博多座で「ミス・サイゴン」を成功させる会に入会

  ミュージカル「ミス・サイゴン」は、2009年1月5日~3月15日に博多座10周年記念公演としてロングランされる。時代背景はベトナム戦争終末のサイゴン陥落前後頃のことで、ベトナム人少女キムと米兵クリスとの愛と別離、再会を巡る悲喜劇を「究極の愛」として表現するミュージカルである。
  昨年公演された「レ・ミゼラブル」に出演したキャストも多数出演し、ダブル・キャストになっている。先日、原田優一(クリス役)と知念里奈(キム役)が来福し行ったデモストレーションをTVで見たが、私は、ファンの新妻聖子がキム役で出演する日に観劇したいと思っている。
  私の青年時代は、ベトナム戦争の勃発とサイゴン陥落による米軍撤退の時期と重なっており、この戦争を巡る平和、人権などに対する論議は、避けて通ることのできない時代の関門でもあった。その論議に明け暮れるなかで政治家を目指していた当時の思い出は、現在、加齢を重ねていくうちに霞の彼方に消え去ってしまった。今は、あの頃の燃えたぎるような情熱は何だったのだろうかと思う程度である。
  「ミス・サイゴン」を演じている若いキャストたちは、実際のサイゴン陥落のときには、まだ生を受けていなかったと思う。こういう若い人たちが、今、サイゴン陥落に関わる悲喜劇を演じているのだと思うと、このような若い人たちが演じているミュージカルを観賞することで、自分の青年時代の情熱と挫折の一端を再確認することができるのではないかとの思いがある。
  この思いから、このロングランが成功してほしいと願い、博多座で「ミス・サイゴン」を成功させる会に入会登録した。

2008年3月13日木曜日

庭に移植した野ざらしのタンポポ  

  一昨日の暖かさは5月の陽気だった。花壇で、土を押し上げ、水仙やチューリップの新芽が伸びてきているが、その一角に小さなタンポポが葉を広げている。
  このタンポポは、近くのアスファルト道路の縁に生えていたものだが、昨年11月3日に掘り起こして庭に移植した。アスファルトの隙間のほとんど土もないようなところで深く根を張っていたので、「移植ごて」では引き抜けず、ドライバーやトンカチまで持ち出した。
  移植後、小さな葉を弱弱しく地面に広げ、今にも溶けてなくなりそうな感じではあったが、寒い冬を越した。弱弱しく見えても野ざらしで地面にしっかりと根を張っている。春を迎え、葉を地面から起こして大きく成長するだろう。

「メテューサの瞳」のタンポポ  

  たんぽぽを「野ざらし」と言った及川尚輔(コメス界の王子といわれている)のことを思い出した。
  それは、1月31日に放映されたTV「メテューサの瞳」でのことで、その日のテーマは、目の前で椅子に腰掛けているモデル4人のなかで「豊胸手術をしたエスティシャンは誰か」であった。
  人を見抜く天才回答者として出場した及川が、「自分を花にたとえると何でしょう」と問いかけたとき、1人の女性が「タンポポ」と答えた。すかさず及川は、タンポポは「野ざらしですからね」と言い、この人ではないと断言した。
  さらに「あなたにとって美とは何を意味しますか」とその彼女に訊ねると、「自然」と回答した。そこで、「自然を一番愛しているという人が豊胸はしないでしょ」と重ねて断言した。
  野ざらしで咲いているたんぽぽの花など自然を愛している人は、ありのままの自分を大事にする人だから、自分の体にメスを入れてまで、その容姿を変えるような豊胸手術などはしないというのである。
  正解は、やはりこの彼女ではなかった。すばらしい観察力だった。
  野ざらしでしっかり地面に根を張って美しい花を咲かせるタンポポを愛する人は、自然派で、ことさら自分を飾りたてたりはせずに、ありのままの自分をさらけ出す人なのである。私は、そういう人が好きだ。 

「太陽の花と月のしずく」のタンポポ  

  毎日聴いている安道里香さんの唄、「Tempo Feliz」(オリジナルCD「太陽の花と月のしずく」アルバム曲)の歌詞の背景にある気持ちが伝わってきた。
  里香さんは、この唄は、「学校に行けない子の気持ちを曲にしたくて何回も書き直していたら、ふと目にとまって『これだ!』と思ったのがタンポポでした。いい曲です。天から降ってきたと思っています。」と言われた。
  里香さんの曲のどの歌詞を見ても、ありのままの自然を唄っている。それは、彼女自身が自然を愛する純粋な自然派なので、小さな枠のなかにはまることなく、伸び伸びと自由闊達に生きて行くことのできる人だから、こんなにすばらしい歌詞が自然の恵みをもたらす天から贈られたのでしょうね。
  一緒に「Tempo Feliz」の下記の歌詞の深さを味わってみましょう。子供たちの計り知れない可能性をタンポポに託して唄っているように思えます。
  「私はタンポポ、バラにはなれない
  おとうさん、おかあさん、嘆かないでね
  比べるばかりの学校はきらいよ
  いい子のふりしてうまくやれないんだもの
  自分に正直に生きてるだけなの
  おとうさん、おかあさん、私のことより
  今の生活で本当に幸せなの?
  タンポポを見てごらん、輝いて咲いてるんだよ
  私だってできることが
  きっときっときっと何かある
  だからちょっと待ってて
  見守っていてね」

2008年3月9日日曜日

「ちりとてちん」で、地獄に咲く「たんぽぽ」の花

  今月一杯で、大人気のNHK朝の連ドラ「ちりとてちん」が終わるが、私が今一番期待しているのは、小草若(茂山宗彦)がいつその亡父徒然亭草若師匠(渡瀬恒彦)の十八番であった落語「愛宕山」に挑戦して、「小」の一字を消して四代目草若を襲名できるかである。
  草若師匠の妻は、「たんぽぽの花」が好きで、本人も、そこにいるだけで周りの人の気持ちが明るくなる、春の陽だまりのなかに咲く「たんぽぽの花」のような人であったという。草若師匠は、庭に「たんぽぽ」を植え、よく手入れをして亡くなった妻を偲んでいた。そして、「たんぽぽの花盛り」の景色が出てくる「愛宕山」の落語を得意芸としていた。
  その草若師匠は、20週目の「立つ鳥あとを笑わす」の巻で、上座で草原・草々・小草若・四草ら4人の弟子がリレーで長編落語「地獄八景亡者戯」を上演じている間に地獄に旅立ち、この「地獄八景…」で語られる「その道中の陽気なこと」さながら、ニコニコしながら地獄への道行きを楽しむ。そこで出会った末弟若狭の亡祖父和田正太郎(米倉斉加年)に声をかけられる。
 「もうすぐ三代目草若さんが来なるんで、もう地獄寄席の前に行列ができてますのや、奥さんが三味線構えて待ってますでえ」
 「しほが?、そりゃ嬉しいなあ」
 「さあ行きましょう」
  ふと、草若師匠が足元を見ると3輪の「たんぽぽの花」が咲いている。その1輪の茎を手で折って口にくわえ、その格好で地獄寄席会場に入った草若師匠の顔は、生き生きとして実に粋であった。その顔に照明が当たり、黄金色に染まったその姿は、地獄にあっても明るい「たんぽぽの花」を象徴しているようだった。最後の最後まで草若師匠のモチーフは「たんぽぽの花」であった。
  ところで、地獄といえば、平安時代の末法思想から来世で極楽浄土に往生するために阿弥陀如来を観ずる浄土教信仰の世界を説いた源信(恵心僧都)の「往生要集」(985年)が思い浮かぶ。末法思想とは、釈迦が入滅した後、正法、像法の時代を経て仏の教えが全く行われない末法の世が来るという思想で、末法の世を穢土といい、そのものが地獄であった。末法世の初年は1052年だから、現在まで956年続いていることになる。
  浄土教は、鎌倉時代には浄土の対極として地獄がさかんに語られ、人間の内面にある迷いの世界を説く六道を地獄絵として描くことが行われるようになった。私は子供の頃からこれらの地獄絵を見て育ち、六道輪廻を信じた。因みに六道とは、阿修羅道、畜生道、餓鬼道、地獄道、人道、天道である。
  それ故かもしれないが、私は、興福寺の「阿修羅像」(上記掲載画像)や徳川家康の「厭離穢土欣求浄土」の旗印、芥川龍之介の「蜘蛛の糸」、映画「天国と地獄」(三船敏郎主演、最近TVで佐藤浩市主演あり)などの世界に引き寄せられた。そして、日々の勤行で「法華経神力品第二十一」や「普門品第二十五」と合わせて「念仏」を唱えることに何の違和感もない。
  現代がストレス社会といわれ、ストレスに端を発した心身障害その他の病気、そして闘争や欺瞞に明け暮れ、貧富の差にあえぐ世界などを見たとき、必ずしも「厭離穢土欣求浄土」の平和な世界が到来しているとはいえず、末法の世は続いているといえるのかもしれない。
  話がそれたが、ちりとてちんの草若師匠と正太郎とのあの世での出会いの場面に話を戻すと、楽しい会話がある。
 「やっぱり地獄へ落ちてきたんどすかね」
 「いやいや、すぐそこに天国の入口があります、いつでも好きな方に行ったり来たり出来ますよって」
 「えらい融通効きますのやな」
 「とりあえず地獄へ来てください」。
  仏教では地獄の対比は極楽浄土と言うべきなのだろうが、ここでは上述の映画「天国と地獄」の題名と同じく基督教でいう天国という言葉を使っている。それはさておき、ここで描かれている地獄は、この上なく陽気なところである。人の死と死後の世界を笑って見れるドラマ、そして地獄に唯一咲く「たんぽぽの花」の輝きもすばらしい。
  私たちも生きている間に「たんぽぽの花」ように、自他共に一瞬でも輝き続けることができる人でありたいですね。
  もうすぐ終演です。

2008年3月5日水曜日

ひな祭りと大雪

  昨夜、自宅や隣家の屋根に降り積もった大量の雪が、今朝からの気温の上昇で溶け出し、次々に塊となって軒下に落下して飛び散った。その光景と激しい連続音には恐怖を覚えるほど。雪塊の落下がおさまったら、今度は雪溶けの水滴が、雨どいに詰まっている雪を乗り越えて忙しく軒下に垂れて、まるで大粒の雨が降っているかのようなにぎやかな音楽を奏でていた。
  今日は啓蟄、春の陽光はもう目前、雪を被っていた樹木や、雪の中に埋もれていた畑のチューリップや菊の葉などは生き生きしている。丁度、季節はひな祭りの時期、かつて当家で「ひな祭り」をした日に大雪が降ったことを思い出した。
  当家のひな段飾りは、娘の初節句のときに妻の実家が買ってくれたもので、その後、傷んでいた段板や緋毛氈、橘と桜の置物などを取り替えて、孫娘に引き継いだ。娘が関東で産まれたこともあり、福岡に戻ってきても、ひな祭りは、毎年旧暦ではなく新暦3月にしている。
  今年の「ひな祭り」は、3月2日にした。その日は天気がよかったが、昨夜の大雪を見ていて、ふと、「ひな祭り」をした日に大雪が降ったことを思い出した。それは、娘がまだ小学生の頃、何年生だったかはっきりしないが、朝、目を覚ましたら外は一面の雪だった。
  母から電話、この雪でも「ひな祭り」に来るという。母は、毎年、娘の「ひな祭り」をすごく楽しみにしており、多少の困難など何のそのであった。私は、雪に強い舗装のしてある八木山バイパスを車で2往復して母を送迎した。母は娘をよく可愛がってくれたが、その母は、今は亡く、そして今は、私たち夫婦が孫の「ひな祭り」に、娘夫婦の家に行っている。歳月の移り変わりを感じるが、ひな人形は、30数年を経ても変わらぬ容姿を保っている。

福岡出身の新人タカラジェンヌを応援

 3月1日に宝塚音楽学校を第94期生の福岡市出身の野口栞さん(17歳・校長賞受賞・写真右)と平湯樹里さん(18歳・皆勤賞受賞・写真左)がともに成績上位で卒業された。
 3月21日に宝塚大劇場で開演する月組公演の「ME AND MY GIRL」で、同期生とともに初舞台を踏む。
  「多くの人に喜びを与えたい(野口)」「夢を与えられるような輝く舞台人になりたい(平湯)」と抱負を語った。(3/4毎日新聞ふくおか都市圏記事参照、写真複写)
  夢、希望、癒し、感激、そして若さと優雅さを与えてくれる宝塚歌劇、そのファンとして、福岡市出身の二人の新人タカラジェンヌの前途を祝福し応援したい。

2008年3月2日日曜日

「必ず良運に恵まれる!」(知人の図書)

  元旦に届いた年賀状を整理をしていて、元ソフト会社社長鈴木俊也氏(86歳)から届いた年賀状の賀詞に目が留まった。「一昨年12月に、29年勤めた会社を引退して、昨年初めから次の新しい人生へ踏み出しました」と書かれていた。自らが立ち上げた会社を子息に譲渡された後も、このまま隠居するのではなく、新たな新規事業開発に取り組んでおられていたのである。老いてなお意欲を忘れず社会に貢献する、この姿勢と意欲は尊敬に値する。
  昨年5月に図書を出版されたが、その題名が「必ず良運に恵まれる!招運四条件」(文芸社刊\1,575円)となっていたのでかなりびっくりした。とてもソフト会社の社長であった人が書くような題材には思えなかったからである。これまで交友してきた間に、この題名に類したような会話を交わしたような記憶がない。
  氏は、70歳代前半に心臓の手術を3回受けられたが、3回目の手術を受ける直前に、奇跡とも言える偶然が重なって心臓の名医に出会うことができた。この名医に出会うことなく、3回目の手術を1~2回目の手術と同じ方法で行っていたら現在生存していなかっただろうという。この偶然の出来事は、まさに必然の出来事であり、これは良運がもたらしたものだといわれる。
  そして、人間の運の良し悪しはその人に備わった何か大きな力によってもたらされる。その力を「サムシング・グレート(村上和雄)」といい、その力を享受し良運を切り開くには4つの条件がある。この運の原理を理解し多くの人が運の良い人間になってほしいとの思いから、この著書を発刊されたようである。
  4条件とは、素直であること、感謝の気持ちの強いこと、プラス思考であること、努力ないし積極性の強いこと。
  そんなことかと思うかも知れないが、私たちは、案外そんな当たり前のことと思うことを日々実行しているかというと疑問である。これが自然の摂理に適うものだとしたら、実行してみましょう。実行することによって自分の近くに運の良い人が集まってきたら、良い運が良い運を呼び込みより強い良運の持ち主となって行くでしょう。
  多くの人に一読をお勧めします。