2007年10月26日金曜日

緒方3・・・緒方三の宮拝殿の芳名

  Pさんに、拝殿に置いてある参拝者芳名帳に、「今日の日付と名前を書くように」と言った。Pさんは、先祖とかかわりのある神霊の在する神社にその名前を残すことで、鎮座神に見守って頂ける。
  拝殿内に掲示してある寄付者名簿を見ると、緒方姓の人は宮崎県在住の1人のみであった。緒方三郎惟栄滅後の緒方氏は、豊後守護大友氏のもとで衰退し、地元ではその名籍が隠れたのかもしれない。だが、「三代」という姓に目が留まった。緒方氏三代目の子孫から出た姓か、又は三は緒方三郎惟栄のことで、その神霊を崇める依代となるという意味からつけた姓か。あるいは緒方三郎惟栄造営の三の宮の神の依代を守るとしてついた姓だろうか。いろいろ想像していると ロマンは尽きない。
  緒方氏とその同族大神姓各氏の多くは、鎌倉時代に入る前後に消えたとはいえ、時代を経て今に緒方町ほかの地名を残している。また、姓を変えてもその血脈は連綿とし継がれていると考えてもよさそうだ。なお、同名簿で、拝殿等の屋根瓦を葺いた業者がM姓であったことがわかり、当一族とも縁のある地だと思った。
  拝殿前でお賽銭を上げ、型どおりの参拝を済ませ、登ってきた石段を下りた。神社前に停めていた車に乗ったとき、どなたかが複数、一緒に乗り込まれたような気がしたが、よくわからないまま、この山裾の「緒方井路上線」沿いの通称「水車通り」を原尻の滝に向かって走行した。なお、この下方の田の中を走る水路が緒方井路下線で、田植え期にはこれら上下水路で水車が回り明媚な風景が出現するのではないかと思う。

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