帝政ロシアにとっては、旅順戦役に続く敗北であったが、日本にとっては、負ければ帝政ロシアの植民地にされかねなかった。この海戦は、有色人種が白人に初めて勝った瞬間として世界中を驚愕させたという。
当時帝政ロシアの植民地であったフィンランドは、これを機に独立したので、現在も東郷元帥を讃えてその肖像入りの「東郷ビール」を販売しているそうである。
宗像大社(福岡県)では、この勝利を記念して、毎年5月27日に「沖津宮現地大祭」を実施している。私は40歳前後頃に一度だけこの現地大祭に参加したことがある。前日の26日に渡船で筑前大島に渡島、中津宮境内で宿泊、27日午前7時、漁船に乗船し出港、船の甲板上で玄海灘の荒波を何度もかぶりながら8時半過ぎに沖ノ島に上陸した。直ちに素裸になり、海中禊を行った後、原生林が生い茂り、巨岩が露出するなかにたたずむ沖津宮に参拝した。大島帰港は午後2時頃だったか。
沖ノ島のものは一木一草持ち帰ることはできないが、禊場の近くで出ている飲料水だけは持ち帰ってもよいといわれ、少量の水を水筒に入れて持ち帰り神殿に供え、庭に撒いた記憶がある。
ただ島内でのことは一切口外不可の掟があり、文献等に紹介されていること以外は未だ誰にも口外したことがない。それだけに今も鮮烈に覚えていることもあるが、記憶が薄れてきていることもある。その後、もう一度行きたいと思いつつ、実現しないままに今日に至っている。
今も女人禁制を厳守している日本の神聖地は、この沖ノ島と大峯山(奈良県)だけである。私は、この2か所の神聖地を踏破しており、それだけでも恵まれているのかもしれない。
福岡県福津市渡にも大峰山があるが、そこに東郷元帥を祀る東郷神社があり、私はここで護摩を焚いた記憶がある。
また東京の東郷神社(渋谷区)近くのアパートに住んだこともあった。この東郷神社は、現在「靖国神社」に祭られているA級戦犯を東郷神社境内の「海の宮」に移座し合祀することを提唱している。若い頃、あるA級戦犯の御遺族の女性と言葉を交わしたこともあった。
※画像は、沖ノ島、http://wadaphoto.jp/maturi/munakata.htmからお借りしました。
※旅順戦役については、本ブログ2008/2/28乃木希典伝「斜陽に立つ」完結に関してを参照ください。