2008年1月2日水曜日

今和泉様の年賀状に「篤姫」

  鹿児島の今和泉様から戴いた年賀状に「NHK天璋院篤姫。半世紀近く前に、昔…という話が現実になりました。『私の年です』と自己紹介しています。」と記されてあった。
  私の居住地近くには、今泉姓の家はたくさんあるが、今和泉姓はない。それだけに、数年前、今和泉様と知り合ったとき、この人は由緒ある旧薩摩藩今和泉島津家につながる人ではないかと思ったが、立ち入った話はしなかった。この年賀状を見て、実は安堵した。
  この「NHK天璋院篤姫」とは、1月6日にスタートする今年のNHK大河ドラマ「篤姫」のことで、宮尾登美子原作の「天璋院篤姫」を田渕久美子が脚色、篤姫に宮崎あおいが扮する。以前、皇女和宮を秋吉久美子が演じ、篤子役を藤(宮司)純子が演じたドラマが、私の記憶には残っている。
  篤姫は、薩摩藩島津家の分家の一つ今和泉家の当主島津忠剛(ただたけ)の娘(おごじょ)一子(かつこ)[ドラマでは於一(おかつ)]のことで、鹿児島鶴丸城下の今和泉島津家本邸(鹿児島市大竜町に敷地跡あり石垣残存)で出生した。後に藩主島津斉彬の実子として鶴丸城に入り名を篤姫と改め、徳川13代将軍家定の正室(御台所)となり、落日の徳川家を背負い毅然として幕末を乗り切った才女である。天璋院は、家定落命後に落飾して名乗った院号である。一般には、あまり馴染みのない天璋院篤姫がTVを通じて全国に浸透することは喜ばしい。
  篤姫の郷里鹿児島市では、この大河ドラマのTV放映に合わせて、1月6日から約1年間、ドルフィンポート内(鹿児島市本港新町5-4)に篤姫館を設置し観光スポットとするらしい。また、指宿の今和泉周辺には篤姫とゆかりのある今和泉島津家別邸跡や同家墓地などもあり、1月12日から1年間、いぶすき篤姫館(ふれあいプラザなのはな館内)も設置される。
  主演の宮崎あおいは、インタビューで、年老いた養育係菊本(佐々木すみえ)がいう「女の道は、一本道でございます(前へ進むしかない)。引き返すのは恥でございます」というセリフに「ジーンときました。昔の人の方が今の人より生きることに真剣に向き合っていたように思います」と言っていた。この精神と覚悟があったので、篤姫は、婚姻後わずか1年余で家定が没した後、薩摩藩からあった帰国要請を拒否し崩壊する徳川幕府と命運を共にしたのだと思う。現在においては、引き返すことは恥とは思えないが、この言葉は、人生は愚痴を言わず前向きに生きよという諭しなのだと捉えたい。
  今和泉様の年賀状に、今年は『私の年です』と書かれているのを見て、篤姫同様にこれからの人生を前向きに生きて行くといわれているように思えて、薩摩の女性の力強さを感じ嬉しかった。

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